2011年7月7日木曜日

7月6日[研修4日目]

今日は昨日までの学校訪問とは違い、より現地の生活に近い場所へと赴きました。
最初に訪れたのはブルメントリットという場所です。ここはいわゆる「写真を撮ってはいけない場所」で、線路沿いで生活する子どもたちや、市場を散策しました。線路沿いには生活排水のながれる川があり、においがとてもきついです。でも子どもたちは、暑い日にはその川に入るのだそうです。
また、空腹や悲しみを紛らわせるためにシンナーを吸い、意識がもうろうとして多くの子どもが列車にはねられて命を落としています。私たちが歩いていたときにも列車は通り、周りの人々が「そっち側は危ないから、こっちへ来い」と言っていました。周りの市場も、日本人にとっては非常に危険な場所。何も持ち歩かずに散策をしました。


この写真は線路沿いで暮らす人々との交流の様子です。互いに、「なぜ自分はいまブルメントリットにいるのか」を説明する絵を描いています。多くの人々が描いたのは「家」の絵。自分には住む家がない、または、いつか家族一緒に暮らしたいといった願いが込められていました。


昼食を一緒に食べました。今日は交流のために近くのファーストフード店に行きましたが、もちろん普段彼らはこのような場所には行くことができません。帰りがけに、「もう一つくれないか」と訴えかけてくる子どももいました。


次に訪れたのはアグハムという地域の家庭です。ここは国の土地で、そこに家族で廃材を集めて家を作っています。今日訪問したご家庭の周りには同じような家が3〜4000棟あるそうです。このご家庭は12人家族で、当たり前ですが生活はとても苦しく、現在唯一大学に通っている娘さんが将来的には家を支えていくのだそうです。ちなみに、家の外には廃水が流れており、ここのにおいもかなりきついものがありました。



最後に訪れたのはパン作りで職業九訓練をしている施設です。路上で生活をする子どもたちを集めて、パンの作り方を教えています。免許が必要なので、実際に販売することはできませんが、将来少しでも路上意外の場所で暮らせるようにと、考えて作られたプログラムです。


パン作りの後にワークショップをしました。互いに質疑応答をしたのですが、彼らの夢のいくつかは「学校を卒業すること」だそうです。私たちが夢を聞かれて答える内容と、大きく異なっていますね。
また、彼らからの質問で「君たちはこうしてマニラに来ているけれど、僕たちはなぜ日本にいけないの?」というものがありました。冗談で言った質問ですが、全員答えることはできませんでした。

こちらに来てから、一番多い質問が「なぜマニラに来たのか。」というものです。毎日聞かれている質問ですが、答えるのに困ってしまいます。この研修のどこかで、答えを見つけ出せると良いですね。

今日の振り返り:
Motoyasu:路上で暮らす子どもたちとの交流は、思っていたよりも彼らが明るく、元気だった。パン作りのときに「今の生活が楽しい」と言っていた言葉が印象的だった。
Masanari:ブルメントリットは、においがきつかったのと、最初は少し怖かった。パン作りのときに「Nice!」と言ってくれるので、嬉しかった。
Eito:ブルメントリットに着いたときは怖かった。Street Childrenを扱うテレビでは同情を誘うものが多いが、実際は懸命に生きている。家族のためにお金を稼ぎたいと言っている子どもがいて印象的だった。
Ken.K:「家が欲しい。」「家族が幸せに暮らせれば良い。」という発言が印象的。寂しさや空腹のためにシンナーを吸うというのが衝撃的だった。ブルメントリットの市場は、観光客が訪れるところではないと感じた。
Ken.Y:昼の交流で一緒にご飯を食べたことが楽しかった。また、パン作りも楽しく、ダンスをしたときにみんながほめてくれて嬉しかった。でも何で日本人では僕しかダンスをしないのだろう?

「なぜ見に来るのか」という問題[ICANの清水さんの話]
路上で生活する子どもたちに、今日は日本から子どもたちがパン作りを見に来るからと伝えたときに、「なぜ?」と問われて返答に困りました。子どもたちからすると「自分たちは見せ物ではない」という意識があるからだと思います。 "Street Children"という言葉は実際には路上で生活をしていない人たちが、彼らを見て呼んでいる呼び名であって、彼らは好きで路上生活をしている訳でもないし、ただの生活をしているに過ぎないのです。
また、イメージだけではなく、実際に会ってみてわかることがたくさんあったかと思います。私としては、普段元気なフィリピンの子どもたちと接しているので、おとなしい日本の子どもの様子にカルチャーショックを受けました。

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